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2011'03.30 (Wed)

春だから大暴れ。

この前から、支援学校の下校時間を勘違いしてたり、
卒業式のビデオ撮影を失敗したり、PTの時間を間違えてたり、
に散々噛みつかれまくっているでございます。


さて、今日は支援学校で離任式がありました。
小学校では中止になったけど。←ちなみに、こっちは辞校式という
普通の小学校以上に、支援学校は保護者と先生との関係が密なので、
けっこう離任式に出席する保護者って多かったりする。

1.2年生の時は、直接深いかかわりのある先生は異動しなかったので、
私は学校には行かなかったけど、
今年はぽよんの学年から3人の先生と、他にも校長先生や、
肢体不自由児には一番かかわりの深い自立活動の主任の先生が異動になるので、
私も学校に行って来た。

学年の保護者全員でお金を出し合って花束は購入するが、
個人的に贈り物をしたい人は個々で…って事で、ちょっと悩んだ。
小学部3年は、O先生(おばさん先生)、K先生(おじさん先生)、Y先生(講師のお姉さん先生)。
みんな2組の担任の先生だ。←ぽよんは1組
でもY先生は去年のクラスは一緒で、すごく可愛がってもらったし、
個人的に花でも記念品でも渡したい気持ちはある。
が、そうすると、K先生もぽよんの相手をよくしてくれたという話を聞いたことがあるので、
K先生にも渡した方がいいかなぁ。
そうすると、一人だけO先生を無視するのもなぁ…。
でもO先生はあんまりぽよんとの関わりはなかったし、私も個人的にしゃべったことないし、
それなら自立活動の先生に渡したいわ。
とか、いろいろい考えてたらメンドクサくなって ←恩知らず 
直接のクラス担任じゃないし、線引きが難しいから
『離任式に顔を出す』って気持ちだけでいいや、と。

離任式で先生方が一人一人挨拶されるのを聞いていて、
K先生の時に衝撃の事実に気づいてしまった。

K先生って、うちのクラスの先生ぢゃんッ!


同じようなおじさん先生のS先生と勘違いしていたんだわ。
  がっひゅ~ん 
K先生には2年間クラス担任されていながら、
なんでこんな勘違いしてしまったやら…
同じようなおじさん先生って事で、認識回線がこんがらがってしまったんだわ

ああ、それならやっぱりお花でも用意すればよかったよ。
ウッカリにもほどがある。

その後にはY先生の挨拶もあり、
Y先生にも去年は本当にお世話になったしなぁとしみじみ。

体育館での離任式が終わった後、各クラスに戻って帰りの会。
・・・あれ?なんでY先生、うちのクラスにいるんだろう?
最後だから、1組2組関係なく両方のクラスに顔を出してるのかな?
でも他の先生は自分のクラスにいるし…。
その時、衝撃の事実に気づいてしまった。←もうお分かりでしょう

Y先生って、うちのクラスの先生ぢゃんッ!

同じような講師のお姉さん先生のW先生と勘違いしていたんだわ。
  げっひょ~ん 
W先生は去年のクラス担任で今年は隣のクラス、Y先生は今年新任のクラス担任。
どっちも若くて元気なお姉さんで、認識回線がねじれ曲がってしまったんだわ

ああ、本当にお花、用意しておけば良かったよぅ。
実は2人ともうちのクラス担任だったなんて。

W先生と勘違いしていたとはいえ、実際のY先生だって、
ぽよんの事はとっても可愛がってくれてたんだよ。
「いいコンビね」とまわりに言われたりしてさ。


ああ、もう…

バ カ と し か 言 い よ う が な い




いいや、私が悪いんぢゃない。
コイツ→ だ 



ポチ、ハウスッッッッッ!!
18:32  |  徒然な雑記  |  CM(4)  |  EDIT  |  Top↑

2011'03.28 (Mon)

久々、妖怪ナビ子の罠。

ちょっと前から、児童デイとか日中一時支援とかで
ぽよんを預けられる所を探し始めているってな事を書いた事があるけども
今、2ヶ所ほど何とかなりそうな目星がついた…かな。

1ヶ所は、前に書いた埼玉県K市の児童デイサービスの施設。
ここには震災前に一度、通園時代からの同級生のH君ママと一緒に、
子ども達がいない時間帯に見学&説明を聞きに行って、
その後、私だけぽよんも連れて実際の児童デイとしての活動時間に見学に行った。
うちからだとこのK市の施設は4キロちょいで近いんだけど、
H君ママんちからだと遠くなるので、自力送迎となると利用するのは無理かな、と。
うちとしても、平日の放課後は自力送迎してまで行く気にはならないけど、
土曜とか長期休み中なら、ぽよんもヒマしてるし、利用してもいいかなってね。

見学に行った時は、特に多動の子が多い日だったみたいで、
実はちょっと「ここでぽよんを任せて大丈夫かな…」な不安もないではないのだけど、
とりあえず試しに始めてみようかな、と。
その日もゆっくり相談できる時間が無くて、見学だけしたら帰ってきてしまったんで、
また改めてぽよんを連れて落ち着ける時間帯に行って、春休み中には契約してこようかと思う。
震災後のゴタゴタで動けないでいるうちに、
4月分のスケジュールはもう決まってしまったようだから、
利用するとしたら5月以降になると思う。

でもって、もう1ヶ所。
これは市内にある大人の障害者支援施設。
重度の知的障害者の入所施設で、かなり古い施設なんだけど、
最近、日中一時支援も始めたらしく、それは支援学校の生徒もだと聞いたので。
今、支援学校の生徒の利用者はまだ一人だけで、中学部の女の子らしい。
最初の問い合わせで小学生だというと、基本的に大人の施設なので微妙な反応だった。
だけど、ダメとは言われなかったので、春休み初日にぽよんも連れて見学に行ってきた。
ここの建物は、30年物でかなり古くてちょっと暗い感じもするが、
それはかつての通園施設(40年近くの建物だった)で免疫がついているので、こんなもんか、と。
でも日中一時支援の方の建物は1.2年前に増設した部分で、
小さいけど明るくていい感じだったわ。
どっちかってぇとかなり年配の利用者ばかりで、ぎゃーぎゃーわーわーしてなくて、
ぽよんには、むしろ児童デイより合ってそうな感じ
もし利用するとなったら、週に2日程度で、
放課後に学校まで迎えに来てもらって、17時まで過ごした後、自宅まで送ってくれる。
そうよ、これこれ、このスタイルよ 私が望んでいるのは。

しかし、どこも抱えている人手不足の問題で、今は女性の一時預かり担当が足りなくて
今の時点で女の子の受け入れは無理だって
4月から女性スタッフが入る予定なので、そうしたらだけど、
新しいスタッフさんにも研修期間みたいなものがあるから、
実際に利用できるようになるのは6月くらいになるかも って事で、
受け入れ準備が出来たら改めて連絡するので、それから契約しましょうって事になった。

しかし、一つ難点を言わせてもらうと…。
ここ、市の一番端っこ(うちも市の端っこだけど、反対方向の端っこ)で、ちと遠い。
ま、遠いだけなら、利用する時は向こうで送迎してくれるからいいんだけどね。
ものすっっっっっげぇ、辺鄙な所にあるんだよー。
噂には聞いてたが、「聞きしに勝る」とは、まさにこの事だ。
近くまで行ったものの、たどり着く前にナビ子が仕事放棄しやがった。
ナビ子の音声案内だけではなくて、
ナビ画面上でもその建物にゴール表示だけあるものの、そこに至る道路はまったく表示されず。
一方、私の現在位置はちょっとした雑木林の山の合い間の枯れ野原のようなところ。
その山道ってのも、まさに山道・けもの道。
ああ、写真、撮っとけばよかった。←だが、そんな精神的余裕なし
車1台ギリギリ通れるくらいの幅で、枯草や木の枝の間をかいくぐる感じ。
 ↑車の側面に細かい傷がいっぱい付いただろうと思われる
現在位置からすると、すぐそこっぽいのに、どこのケモノ道をどっち方面に行ったらいいのか
ちっとも分かりゃしない。
しかし、こんなぬかるんだ急坂の道で、万が一対向車でも来たら絶体絶命なので、
立ち往生してる場合でもなく、ひたすら突き進むしかない。
ぶっちゃけ、この前の地震よりコワかったよぅ
途中で迷い込んだ老人ケアホームで道を聞いて、やっとたどり着いたわ。

帰りは、施設の人に教えてもらって逆方向の道に出て行ったが、
こっちの方が狭いのは変わらないが舗装されてるだけマシだった。
最初からこっちから来る道を案内しとけよ、ナビ子!!


そうそう、この前 再判定を受けた療育手帳、
出来上がってきたと連絡を受けたので、これから受け取りに行ってくるっす。
次の再判定は3.4年先を希望していたけど、
特児の申請が2年おきって決まっていて、重度の場合は手帳だけで申請できるけど、
手帳の判定が2年周期になっていないと、その時は診断書を出さねばならないらしく、
金もかかるしめんどっちぃので、再判定も2年後で合わせることにしたわ。
どのみち めんどっちぃ

テーマ : 障害児と生きる毎日。 - ジャンル : 育児

10:08  |  ぽよんの発達遅滞な日常  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2011'03.24 (Thu)

なんだかなぁ…。

ニュースでご存知かと思いますが、今 関東では水パニックっす。
昨日、葛飾区の金町浄水場で基準値を超えたナンタラがカンタラで ってね。
んで、浄水場は違うけど、同じ江戸川から取水した水道水を使っているんで、
うちの市も念のため乳児には水道水を飲ませない方がいいだろうって話っすよ。
で、こんな通達が来た。
(以前から、市内の不審者情報とか火災情報とかのメールサービスに登録していたので、
今回の災害に関してもしょっちゅうメールが入ってくる。停電関係や市内交通情報や…)

・・・市も、乳児(1歳未満)に限って水道水の摂取を控えることとし、
井戸水を用意し、供給を行っていますので、ご利用ください。

1.3月23日(水)分の供給
  時間:午後6時30分から午後10時頃まで
  場所:市役所、○○のホール、北コミセン、南コミセン
  持参するもの:なし

2.3月24日(木)分の供給
  時間:午前8時から午前10時
     午後4時から午後6時まで
  場所:市役所、○○のホール、北コミセン、南コミセン
  持参するもの:水を入れる容器(やかん、ポリタンクなど)

その他:今後の供給日時については、順次お知らせいたします。


で、今朝、支援学校は今日が終了式なので、いつものごとく8時半前後に
スクールバスの所までぽよんを送っていく時に、北コミセンの横を通ったのですよ。
思ったほど混雑はしていなかったけど
(正直、もっとパニくった人だかりができてるかと…)、
それでも、『1歳未満の乳児に限り』(今回の数値では、乳児以外の子供や、
ましてや大人には、影響のない範囲の数値だって話なので)って条件の割に、
お年寄りの姿が目立つんすよ。
もしかしたら「孫のために」ってな可能性も考えられないでもないかもしれないけども、
なんだかなぁ、と。

いろんな情報が錯綜していて、いったい何を信じていいやら、で
不安な気持ちはわかるんだけども。
そりゃ、私だって不安が無いって言ったらウソさ。
だけどさ、もうこんな状況では、オタオタしたってなるようにしかならないでしょ。
引っ越しして首都圏脱出できるわけでもなし、脱出したところで地震大国日本で、
「ここなら安全」な場所なんてあるのか?
放射線が子どもに影響大って言ったって、
水や食料を神経質なほど不安がっていても、摂取しないわけにはいかないし。
ジタバタ・ワタワタすんのも、正直めんどくさいわ。←どんだけだよ
…って思うのは子を持つ親として失格っすかね

んでさ、放射能物質が甲状腺とかに悪影響で発がん率が高くなるったって、
そりゃ成長著しい子どもに関しては不安要素ではあるけども、
もう成長もしないで老化していく一方の40代以降の年代にとっては
今回の影響が体に現れる前に寿命が来る方が先だろうって話だしね。
だからまぁ、私なんかの年代は、それこそ「なるようにしかならない」
達観しているのがいいのかな、と。
ぎゃ坊やぽよんに関しても、気にはなるけどどーにもできないんで、
ぎゃ坊はそん時(影響が出た時)は自分で何とかしてくれ、と。←やっぱ親失格?
それをね、いい歳した年配者が軽トラで水をもらいに来てるのを見ると、
「じーさん、あんたいくつまで生きる気だよ?」と毒な気持ちに。

被災地で切実に水に困っている人たちは、こんな関東人の行動を
憤って見てるんだろうなぁ。
申し訳ないです、本当に。


話は変わるけど、30日は学校の先生の離任式があるんだけども、
小学校では余震や計画停電の影響を考慮して、中止にすると
昨日 連絡網が回ってきた。
余震も、最近は小さいものばかりだと油断していたら、
一昨日あたりからまた震度3.4クラスのが多くなってきて、ちと怖いっす。
計画停電は、うちの市はごく一部を除いて、まだ一度も実施されてない。
全国一の規模のデカい変電所が市内にあるので、そのせいかも?って噂だけど
真偽のほどは定かでない。
今月末には今のグループ分けがもっと細分化されるらしいから、
そうなったらまたどうなるか分からない。

ぽよんは、さっきも書いたけど、今日が終了式です。
今年1年、皆勤賞っす
PT・OTやその他の定期健診の通院なんかで遅刻早退は多いけど、
丸1日休んだ日は無かったのでね。
体調崩すのも、週末や長期休み中の時ばっかりだったし。
午後からは発達外来の診察で、車で小1時間ほどの病院へ行く予定。
震災の1週間ほど前にガソリンを満タン に入れていて、
その後に世間がガソリン不足パニックに陥ってからも、
なるべく車で出ることは必要最小限にしているので、まだまだ大丈夫
そろそろガソリン渋滞も落ち着いてきているので、旦那の通勤用の車には
さっきガソリンを入れて来たっす。

先週から電車通勤にしている旦那は、通勤に関しても仕事に関しても
ボヤキがまたより一層になってきて、私のストレスもそろそろ臨界に達するかも
10:53  |  徒然な雑記  |  CM(3)  |  EDIT  |  Top↑

2011'03.18 (Fri)

卒業。

本日、無事、卒業の日を迎えることが出来ました。

今まで、入園式・卒園式・入学式 等、まったく出席したことのない旦那に、
「ほとんどの人(7割くらい?)が両親そろって出席している。
せめて今度の卒業式くらいは、一緒に行ってぎゃ坊をお祝いしてほしい」
と、
2.3か月前から頼んでいて、旦那もしぶしぶながらそのつもりでいたんだけど。
このような情勢で、今回も旦那の出席は流れました。
ってか、一昨日の夜は何とか会社から帰宅したけど(前日は帰宅できず)、
その時に、しばらく帰宅できないことを前提に着替えとかをまとめて持って行って、
やっぱり昨日は帰宅せず。
ちなみに、ぽよんは学校が休校になっているので、
母に頼んでぽよん当番に来てもらいました。


あの日からちょうど1週間たちました。
被災地では、まだまだこの先の見通しもつかず、
今日の食料と暖を取るのもままならないというのに、
きちんと卒業式を執り行い、我が子を祝福できるありがたさを痛感します。
それだけで、十分感謝すべきことだと思います。




でも、やっぱり一言、言わせてください。



ポチのバカッ!! ← またビデオ撮影に失敗したらしい
16:16  |  ぎゃ坊の日常  |  CM(5)  |  EDIT  |  Top↑

2011'03.13 (Sun)

その時…。

前回のブログ記事をアップした後、支援学校に向かいました。
14:45から個人面談だったので。

先生となごやかに面談を始めて数分後、
「あれ?なんか揺れてる?」から始まって、
「え?なんか大きい?え?え?どうしましょう?だ、大丈夫かな?外 出ます?」
とプチパニック。
いつもなら、大きめの地震の場合は最初にドーン!と来た後にグラグラが続くってパターンなのに
今回はじわじわと揺れ始めて、収まるようで収まらずむしろ大きくなり、とにかく長くて…。
長いっつっても、「どうしましょう」と言ってたのは1分くらいだったと思う。
教室の戸がガラッと開いて、教務の先生から「避難してください!」と言われ、
面談していた担任の先生と一緒にテラスから外に出た。
教室に入った時も、昇降口からではなくテラスからだったので、
靴を履いてる余裕もあった。
外に出てもグラグラは収まらず、立ってると気持ち悪い…。
別の非常口から先生に抱っこで連れ出してもらっていたぽよんは、
うきゃうきゃ楽しそうだよ、おい

こんなに大きく揺れてるから、ついに関東に来たか!?と思ったが、
震源地は宮城県の方らしい。←携帯のワンセグで情報をゲット
この辺りの震度は5強だった。
10分くらい外に避難していたが、「避難解除!個人面談の人は続きをお願いします」
の知らせを受けて、また教室に戻る。
教室ではいくつか棚の物が落ちていた。

しかし、面談再開数分後に、またけっこうな揺れが…。
で、「今日の面談は延期します」と、教務の先生が回ってきた。
担任の先生は、「大まかなところはお話しできたし、
またお母さんに時間を作ってもらって来ていただくのも申し訳ないので、
延期じゃなくて、ここで終わりって事で」
って。

で、車で帰る途中、また大きめな揺れがきた
車に乗ってても、ぐらんぐらんしてた。
当然、そこで停止したが(すぐ横に壁や電柱がないか、キョロキョロしちゃったわ)、
その揺れが収まっても、前の車は動き出さず。
幹線道路なので、渋滞も始まったようだ。
私はすぐ横の脇道に入って行けたので、そのまま裏道で帰宅できたが、
横の国道も渋滞してた。

途中の住宅では、ブロック塀が崩れている家もあった。
我が家の中は無事だろうか?←特に買い替えたばかりのPCと液晶TV
家に到着すると、物置の引き戸がオープンになってて、中の自転車2台が横倒しに。
玄関先に置いてあった鉢植えが転がっている。
ドキドキしながら玄関に入ると、靴箱の上に飾ってあったモノ達が散乱している。
キッチンでは、食器棚の扉(引き戸)をズボラこいて完全に閉めていなかったので
20センチくらいの開き部分からマグカップや茶碗が落ちて、いくつか割れている。
カウンターの上に無造作に並べて置いてある調味料類は無事で良かった。
塩や砂糖や醤油やみりん類が落ちて転がっていたら、
ちょっと現実逃避したくなる所だったわ。
冷蔵庫は数センチ前進していた。
リビングでは、棚の上にあったものがいくつか落っこちてるけど、
思ったほどひどくはない。←PCもTVも無事だ
和室にある和洋タンスが斜めに数センチずれて、畳の色違いがクッキリ。

2階では、旦那の部屋が悲惨だった。
書籍類がやたら多いので、それらが全部ぶちまけられて、
机の上のラジカセも転がり落ちていた。
ぎゃ坊の部屋も、本が散乱。
でもそれらは私には関係ないので、スルー。

様子を一通り見たところで、小学校に行ってみることにする。(15:30)
玄関を出ると、ちょうどお隣の同級生が戻ってきた。
みんな、もう下校してくると言うので、ぎゃ坊を待ってるか迎えに行くか迷ったが、
せっかくぽよんも車いすに乗せて出かける用意をしたので、
途中まででも迎えに行くことにした。
しかし、いっこうに姿が見えず、途中で戻ると、すでにぎゃ坊は帰宅していた。
別の道から友達の家を回りつつ帰ってきたらしい。

家の電話も携帯も繋がらず、旦那にも実家にも連絡付かず。
何度かかけて、ようやく携帯で一度 母と連絡がついて、無事を確認。
しかし旦那には繋がらないので、災害伝言ダイヤルを利用しようと思ったが、
『被災地以外の番号は利用できません』とアナウンスが…。ちっ。使えねぇ。
仕方ないので、PCで旦那の会社の個人メールアドレスにメールを入れる。
こんな状況でデスクワークなんかしてないだろうから、見てくれる可能性は低いが。
しかし、その後、旦那から携帯にメールが届いて(通話は)、無事が確認できた。
でも帰ってこれるかどうかは言及しておらず、どうすんだよ?な状態。
ま、一応夜8時頃には帰ってきたけどさ。←途中、停電で信号が消えてる所もあったようだ

その夜は、入浴はせず。←万が一の時、真っ裸だったら悲惨
しかし、市のHPで翌日に断水という情報があったので、浴槽に水を入れておく。
この水が、かなり茶色だった。


それ以降の様子は箇条書きでかいつまんで書くわ。

12日(土)
・朝、市の広報車が「断水の心配は無くなった」
・首都圏の地下鉄やJRは、本数を減らしながらも運行しているらしい
・地元の私鉄在来線は運休
・LIVE POTSUNEN 2011「THE SPOT」 今日の14時のチケットがあるが、
 HPを見ると開催する予定… マジか? 行けないし、行っても楽しめないよ…
・↑の件を電話で問い合わせ。
  → たった今、決定しました。予定していた今後の東京公演はすべて中止です。
・ぎゃ坊の制服を受け取りに、開店しているか確認後、店に行く
  → 店の中は、完全には陳列復旧できてないみたいだった
・複合ショッピングセンターに寄る
  → 靴屋でぎゃ坊の中学の通学靴を買おうと思ったが、臨時休業
  → 【銀だこ】でたこ焼きを買おうと思ったが、臨時休業
  → マックは営業(レジに行列できてた)
  → ケンタは臨時休業
  → お昼に弁当を買っていこうと思ったが、弁当屋も臨時休業
  → スーパーのお惣菜・弁当コーナー、パンコーナーは棚がスカスカ
  → クレープ屋が頑張って営業していたので、3人分のクレープを買って帰る
・夜、風呂に湯張りすると、昨日ほどではないが、まだ茶色い
・一日中、余震あり
  → たいてい震度1.2程度だが、時々震度3もあり。怖い

13日(日)
・午前中の余震は相変わらず
・自治会の今年度役員・班長の慰労会
  → 自転車で自治会館に向かうと、塀が崩れかけて斜めっていたり、
    車庫から庭にかけて液状化で泥だらけの所があったり
・ガソリンスタンド、大渋滞
・午後になってから段々と余震の頻度が減ってきた 
・昨日、臨時休業だった靴屋に行って、ぎゃ坊の通学用スニーカーを購入
・風呂の水はほんの少しまだ茶色いが、かなりキレイになった
・夕飯の支度で、一昨日の午前中に買った鮭の切り身を冷蔵庫から出す
  → パックに貼られたシールを見て、胸が詰まる
     
  まさにドンピシャな場所だ。この6人の生産者の方々が無事でありますように。
  ぎゃ坊に「心して食べるように」と厳重指示


最後に、ちょっと元気が出るブログ記事を紹介しときます。
http://blog.15jam.com/?eid=1075171
21:38  |  徒然な雑記  |  CM(6)  |  EDIT  |  Top↑

2011'03.11 (Fri)

ダブル or シングル?

来週は卒業式だし、昨日、美容院に行って髪を切ってきました。
8か月ぶりだわ~。あー、スッキリ
今回、けっこうバッサリと行った。15センチ以上は切ったな。
ちょっと長めのショートって感じになった。
これ以上短くするとメンテが大変なので、ここまでが限界だわ。
こんなに切ったのに、気づかないぎゃ坊って…
「だって顔は変わってないんだもん」って、当たり前だ!

しかし、妙齢のご婦人方にとっての天敵 in美容院…
奥様、それって何か、お分かりになる?

あのケープよ!

首回りにグルっと巻きつけてテルテル坊主状態にする、あの布きれ。
あれを巻きつけられると、
タルんだ顎が強調されて、誤魔化しようがない。
それを目の前のデカ鏡に突き付けられる切なさったらどうよ。
思わず目をそむけて俯きたくなるけど、そうすると顎がますますタルむのよ。
二重あごが既にデフォなお年頃で、三重あごの発現となるのよ~。
↑涙なしには語れない
ダブルどころか、トリプルよ。シングル時代が懐かしいわ。


って、そんなことでダブルかシングルかって言いたいんぢゃなくてだね

トイレットペーパーのお話です。

うちの市では、指定ゴミ袋が年間130枚もらえるんだけども。
世帯人数によって、貰えるゴミ袋の大きさは20リットルか30リットルか40リットル。
それが、10枚で1セットのゴミ袋の交換チケットが年度末に13枚送られてきて、
この交換は1年間有効なのです。←交換場所は、スーパーやコンビニ等、わりとどこでも。
ゴミの量が多くて130枚の無料分を使い切ってしまったら、
自費で購入するんだけども、これがけっこう高い。
しかし、うちは毎年ゴミ袋チケットは余裕で余るのよね。
ぽよんがオムツ使用って事で、チケット6枚余計に貰えるってのもあるけど、
それが無かったとしても、5枚くらい残る

で、ごみ減量に優秀な市民は、
余ったチケットを年度末にトイレットペーパーに交換してもらえるのだ。
このトイレットペーパー、市民により資源回収された古紙類をリサイクルされたもので
お世辞にも尻触りが良いとは言えない。
「あんなガサガサした紙は使いたくない。ドラッグストアで高級ペーパーを買ってる」
という人も、けっこういる。
「幼い孫娘が遊びに来て、『おばあちゃんちのトイレットペーパーは嫌い。
うちのはもっと柔らかくていい匂いがするのに』とか言われた」
なんて投書が、地域の折込チラシ新聞に載ってるくらいだ。
しかし、幼少時にトイレットペーパーではなく、【ちり紙】で育った世代の私の
高級ではない尻には、まったくノープロブレム
そもそも、既に時代は、尻をキレイにするのはペーパーではなく、
ウォシュレットのピュッピューッであって、ペーパーは余分な水分を拭き取るだけだ。

で、このサービスの恩恵を受けていたんだが、
一昨年までシングル巻だったペーパーが、去年はダブル巻になってしまった。
↑品質は変わらず

私はシングルが使いやすいのよ!
ダブルだと、何となく使用量が増えてしまう。
おかげで、この1年間はあわやトイレットペーパー購入か って状態になってしまった。
このサービスが始まって以来10年以上、
うちではトイレットペーパーを買ったことはないのに。
何とか、ギリギリ最後の2.3ロールを残したところで、
今年度分のチケット交換時期になって、助かったのだが。

交換できるトイレットペーパーは1袋で12ロール入りで、
それをたいてい10袋くらいは交換していたので、
毎年使い切ることなく、1.2袋は余っていたのだけども、
ダブル巻になったおかげで、ギリギリだったわ。
ちっともエコぢゃなくなってしまったじゃないか

で、今年はさらに追い打ちが。
今まで1袋12ロールだったのが、一気に半分の6ロールに減ってしまったのよ。

今年は冬に入る頃には、
トイレットペーパーの安売り情報をチラシでチェックすることになりそうだわ。
その時はシングル巻を買うわ!
14:22  |  徒然な雑記  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2011'03.01 (Tue)

いろんなシガラミ。

昨日、ぽよん9歳になりました。
身長 103.3センチ
体重 16.3キロ    (学校調べ)

相変わらずミニサイズでございます。
が、3歳の年齢詐称は無理と思う今日この頃。←4歳なら行っちゃう事も


それはともかく。
以前から困っていることがありまして。
うちの市内には、肢体不自由児の児童デイサービスを請け負っている施設がないんす。
知的障害の子供なら受け入れ先がいくつかあって(そんでも全然足らない)、
放課後は支援学校まで迎えに来てもらって夕方まで預かってくれる所があるが、
そういう所で「肢体不自由児もお願い」となると、
『ダメという規定はないが責任持てない』って事で、事実上は受け入れ拒否なんだわ。
なもんで、常々、ぎゃ坊関係の予定がある時とか、久々に会う友達とのランチとかでも、
実家の母にヘルプを頼んだり、私だけ先に慌ただしく帰ったり。
かなり時間の締め付けがきつかったりする。
当然、短期入所なんかも頼めるところは無し。
一番困ったのは、去年の私の入院騒動の時だ。


近隣の市では、自分の市の中に数ヶ所(多い所は10ヶ所くらい)、
肢体不自由児OKな児童デイサービス施設があるのに、
この近隣市4,5市の中で、市内に1ヶ所も無いってのは、うちの市だけなのよ。

この現状を何とかしたいね という話が
支援学校の肢体不自由児母たちの間で出ていまして。
みんなで一人一人、パブリック・コメントで市長に要望を出したり。
で、主に中心になってくれてる同級生ママの計らいで、
中学部・高等部の肢体不自由児母にも声をかけて、
昨日、9人でM市の某施設に見学に行ってきました。

いやー、もうここは初っ端に行った見学先としては、理想が膨らみすぎるほど、
羨ましくも立派な施設でしたわ。
色々説明を聞いて、『児童デイサービス』だの『日中一時支援』だの『移動支援』だのの
福祉サービスの違いも、なんとなく分かってきたような。
(一応、そういうサービスを受けられるよう申請だけはしてあったので、
受給者証は3.4年前から持ってるが、使える所がないので一度も使ったことがなく、
それぞれのサービスの違いも全く分からなかった)

こんな至れり尽くせりの理想の施設を1から作るってのはさすがに遠大すぎるので、
できる事から地道に働きかけをして少しずつでも前進を目指そうってね。

とりあえず手っ取り早いのは、学校の近くにある大人用の肢体不自由の人たちの
通所施設で、何とか放課後の支援学校の子ども達も受け入れてくれるようにできないか、
って事なんだけども…。

なんかそれもねぇ、市と運営委託のNPO法人と社会福祉法人との契約のゴチャゴチャだとか、
肢体不自由児者親の会との何だかんだとか、メンドクサイ問題があったりしてね。
行政を動かしていくには、個人個人で声を上げるよりも、
やはり『親の会』とかに所属して動くのがいい、という意見(主に学校の先生や市の福祉課)や
いや、『親の会』に入ってしまうとそっちの活動協力がメインに求められて、
自分たちが望んでいることは後回しにされる、という意見(主にNPO法人の代表責任者)や、
当の『親の会』からも、「入ってくれるのか、どうなんだ?」というせっつきがあったり、と
いったいどこから手を付ければいいやら…な感じであったりする。
なかなか前途多難?

とりあえず、昨日、ママ友情報で
隣の埼玉県K市(下品な幼稚園児一家が特別住民登録されている市)で
児童デイをやっているところがあって、うちの市の子どももOKっぽいって話を聞いたので
午後にでも電話してみようかと。←営業・問合わせ時間は午後じゃないとダメっぽい
ここなら、K市の中でも一番うちの市寄りの所にある施設なので、
うちの市内でも一番K市寄りに位置する我が家からは、すごく便利なのだがねぇ。
受け入れOKなら、4月のぎゃ坊の入学式の時なんか、大変助かるのだが…。

テーマ : 障害児と生きる毎日。 - ジャンル : 育児

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